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さらば!長友 泣いて笑って爆笑セレモニー

FC東京 長友佑都選手 壮行セレモニー①



ワールドカップの興奮から早2週間がたち
理想を追い求めていた、期待に胸を膨らませていた、にも関わらず、負けに等しい引き分け。


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ロスタイムは、4分

同点にされた大久保のPKは51分、つまりロスタイム+6分

後半からゴール裏から、メインスポンサー席に移って観ていたにも関わらず、あの森重のハンド→PKは意味がわかりませんでしたが、スタジアムがせれからお通夜状態になってしまった。



昨日は、たくさんのマイミクさんとスタジアムで会うことができました。


藤津


マックのチキンを縦半分もらったやっちさん


南アお土産のブブゼラ!!を頂いたBAさん


初めてお会いしたアゥイエ!さん


観戦仲間を連れてスタジアムにきていただいた葉山マリーナさん


同じくJリーグを初めて観る女性!をスタジアムに連れてきて、後半からメインで一緒に観戦したゆいさん




そして長友の笑いあり、涙ありのお別れ会


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さらば長友!


出会いもあれば、別れもある、喜びや楽しみもあれば、悲しみや怒りもある。


それでもサッカーも人生も、来週も再来週もずっと続いていくのです。



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今日も読んで下さったみなさん、ありがとうございます。


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スペイン悲願の初V!イニエスタ亡き盟友に贈る決勝点 


セルヒオ・ラモス、プエルタに捧げる優勝


アントニオ・プエルタ


セルヒオ・ラモスの話。

スペイン代表では背番号15を着用しているが、これは2007年8月28日に亡くなったアントニオ・プエルタが
代表初出場した際の背番号である。

プエルタとはカンテラ時代からの親友であった。
EURO2008で優勝した時、セビージャの下部組織時代を一緒に過ごし、
あまりにも早すぎる死となった彼の顔写真と「いつも一緒に」という文字が書かれたTシャツを着て、
優勝を祝った。

puerta.jpg



YouTubeでもアップされているが、プエルタの死は衝撃だった。


ANTONIO PUERTA VIDEO COMPLETO DEL LA MUERTE DEL JUGADOR DEL

リーガエスパニヨーラの試合中に大観衆の前で何の前触れもなく倒れてしまった。

翌日、心不全で22歳で亡くなってしまった。


当時のスペイン代表はセルヒオ・ラモスが右サイド、プエルタが左サイド。


スペイン、優勝おめでとう!!



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